●自然な死
レジデント初期研修用資料を読んで勝手に思ったこと。私の能力不足のせいか普段は書いてあることがよく理解できないのだが、今回のエントリーは非常にわかりやすかった。(本人さんが見たらいい気はされないだろうけど・・・リファラでばれるかも)
「自然」な状態とは何か。自ずから然り。「自然」の感じ方が人によって違うから一概に言えないとは思うけれど、90歳を超えた寝たきりの老人を胃瘻を作ってまで生かし続けるのは私も自然だとは思わない。口からものが食べられなくなったと言うのは野生動物であればそれはすなわち「死」を意味する。呼吸ができなくなった場合も同じ。一時期経管栄養で今も人工呼吸器をつけている人間が偉そうに言えることではないけれど。
野生動物と比べるのはナンセンスだとしても、今の世の中って「自然」に死ぬことが本当に難しくなっていると思う。なまじ医療技術が発達したために、金と手間さえかければほっとけば死んでしまうような人でもかなりの間「生かし」続けることができるようになった。皮肉にも終末期にかけられる医療費は全医療費の中で結構なウエイトを占めているらしい。
こんな「消極的安楽死」を適用するときの言い訳になるような物語を誰か作ってくれると、感謝する医者多いと思う。
ここで言う「物語」とは、刑事責任に問われないための法律だったり、「遠縁の親戚の人」のような人からゴネられないための仕組みだったりなのかな。きっとそんな「物語」があった方が「多くの」患者も家族も医療従事者も幸せになれるはず。
そもそも80歳くらいのお年寄りがいわゆる医療ミスで亡くなったとして、もちろん患者や家族には気の毒だけれどもそれで数百万円とか数千万円の賠償が命じられるっておかしいと思う。常識的に考えて。ようは医療ミスが無かったとしてどのくらい余命が残っているのかという話。もちろん医療ミスを擁護している訳ではないけれど・・・。

