« 国家権力を校門の中へ入れないという原理主義 | メイン | 教育機関か医師養成機関か »

2006年11月 4日

●それでも、前へ

高校時代にラグビーで頚髄を損傷し、四肢麻痺になった後医師になった人がいる。
最初に彼のことを知ったのは2005/11/01の毎日新聞のコラムである。

ありのまま 高橋豊(専門編集委員)

 ある国立大学病院に勤める精神科の医師に、これまでの半生を、私は継続的に伺っている。

 氏は、190センチ近い長身。高校1年、ラグビーの試合で、フォワードの彼は首の骨を折る頚椎(けいつい)損傷を負い、四肢が完全にマヒした。

 高校に復学、国立大数学科を経て、車椅子の受験生として初めて医学部に合格する。4年前に医師国家試験を通り、念願の精神科医となった。

 重い身体障害の「ありのまま」の自分を受容しながら、決して夢を「あきらめず」、「前例がない」と避けようとする組織をこじ開けてきた。

 話を聞くほどに、「パイオニア」としていかに苦労されたか、頭が下がる思いがする。

 けれど、氏は「家族をはじめ、数多くのボランティアが私を支えてくれた。今度は、私が心を病む人の『支え』となりたい」と微笑する。

 取材の帰路、書店で小林照幸著「全盲の弁護士 竹下義樹」(岩波書店刊)に出合った。

 竹下弁護士は、中学3年の時に失明する。事態を認めたものの、弁護士になろうという夢は、あきらめなかった。

 ところが、司法試験で点字受験は「前例がない」と門前払いをくらう。竹下さんが投じた一石は波紋を広げ、点字受験がようやく認められる。点訳の六法全書も高価ながら市販され、ボランティアのカンパで買い入れることができた。

 竹下さんは、日本で一番難しい試験といわれる司法試験に、9回目の受験で合格した。

 社会的弱者のため闘う弁護士としての活躍が描かれるが、支えたボランティアの人たちが印象深い。

毎日新聞 2005年11月1日 0時08分

この記事を読んで衝撃を受けた。障害を負っても医師になれるということをはじめて知ったからだ。私も小学校高学年の頃から漠然とその夢を持ち続けていたが、こういう状態になってその夢も諦めざるをえないと思っていた矢先の出来事だった。
早速その日のうちに毎日新聞に問い合わせのメールを送ってみると約一月後に本人さんからメールをいただいた。とても励まされた。

以前は「欠格条項」というものがあって、「耳が聞こえない」「口が聞けない」「目が見えない」などの障害がある人は医師などになる事は出来なかった。
2001/06/22の衆議院本会議で欠格条項を含む法律を改正する法律が可決、成立した。
この後、テレビ番組でもやっていたが、聾の医学生もいるようだ。聴診器は波形に変化する特殊な機械を使っていた。障害を持つものが医師になるということは賛否両論あるとは思うが、弱者の気持ちの分かる医師がいるということは少なくても無意味ではないと思う。

この先生の半生を綴った本が出版されたようだ。注文したのでまた読んでみたいと思う。

トラックバックURL

このエントリーのトラックバックURL:
http://sekison.org/mt/mt-tb.cgi/51

コメントする