●国家権力を校門の中へ入れないという原理主義
タイトルの言葉は勝谷誠彦がかつて自分のサイト内の日記で書いていたくだりだったと思うが、この考えがいじめ問題をここまで深刻化させた一因ではないかと思っている。
と、思っていたらこんなニュースが目に入った。
中傷メールで同級生に苦痛与えた…中学生2人補導奈良県橿原(かしはら)市立中1年の男子生徒(13)が入学直後から約5か月間、携帯メールで中傷されるなどのいじめに遭い、不登校になった問題で、奈良県警橿原署は2日、男子生徒に精神的な苦痛を負わせたとして、同級生の男子2人を補導、傷害の非行事実で県高田こども家庭相談センターに通告する。
いじめに関与した他の同級生の男女十数人は厳重注意とした。
調べでは、男子2人は5月ごろから、男子生徒に石を投げつけ、「気持ち悪い」などと悪口を言い、9月に入ると携帯電話に「嫌われ者」「最低」などの中傷メールも送り続けた。このため、男子生徒は抑うつ状態になっていた。
他の同級生もいじめに加わっていたが、いじめをやめようとクラスで話し合った後も、この2人が中傷などを繰り返したため、同署は悪質と判断した。
(2006年11月2日14時43分 読売新聞)
以前にも確か兵庫県でいじめの加害者の中学生が逮捕されたということがあったと思う。これは明らかな暴力が伴っていたので、明らかな傷害事件だと思うが、今回はどちらかというと言葉の暴力である。いじめられる側からしてみれば言葉の暴力の方が辛いことも多い。
そもそも本来であれば校内で起きた事件に警察が介入することは好ましいことではないと思う。子供の喧嘩に大人が口を挟むようなものだ。悪質な窃盗などはともかく、喧嘩程度なら校内で解決できればそれでいいと思う。殴り合いの喧嘩から学ぶこともあると思う。しかし、喧嘩といじめは違う。あくまでも個人的見解だが、喧嘩には大義があってもいじめには大義などない。
いじめでここまで自殺者が出ている以上、校内へ警察を入れることを躊躇している場合ではないと思う。ただ、いじめる方も悪賢いもので、証拠の残らないような方法でいじめるようになってきているらしい。暴力的なものは証拠に残りやすい。そこで、言葉による暴力を使うようになる。「キモい」「ウザい」「くさい」などである。大人であれば普通に流せる言葉も、中学生くらいの時期には傷ついてしまいやすい。しかし、これも立派な中傷なので、さらに進むとネグレクト、無視である。別に特定の数人に無視されても大してダメージを与えられないが、それがクラスの大部分になると話は別である。疎外感というのは大きなダメージとなる。そしてさらに厄介なのが、問題として表面化されにくいことである。これはたとえ警察が介入したところでどうにもならない。被害者側が加害者側を民事訴訟で訴えたとしても、直接の証拠がないだけに難しいかもしれない。
しかし、いじめというのはきわめて主観的な問題であり、当事者がいじめられていると感じればそれは立派ないじめである。自殺した生徒の通っていた学校が「いじめはなかった」などというのはおかしい話である。遺書が残っている以上、いじめはあったのである。
基本的にいじめられていようと、一人でも味方がいれば自殺まで追い込まれることはないはずだ。ただ、いじめられている生徒の味方をすれば次は自分がターゲットになりかねない。いじめるほうもなかなか考えているようだ。(決して評価しているわけではないが)

